なぜ今、奈良なのか
47都道府県を制覇したい、という目標がある。奈良はまだ踏んでいなかった。それだけが理由だったはずが、行く前に少し調べると、想像以上のことを知った。奈良は、「日本という国が生まれた場所」だった。
南大門をくぐった瞬間、圧倒された。「大きい」という言葉では足りない。建物の前に立つと、自分がどれだけ小さいかを思い知らされる。大仏殿は世界最大級の木造建築。江戸時代に再建されたもので、それでも高さ47メートルある。
大仏様(毘盧遮那仏)は752年完成。聖武天皇が「国の安定」を祈り建立を命じた。1300年以上が経った今、同じ場所に立っている。
「1300年前、ここに人が立ってこれを見上げていた」
その事実だけで、何かが胸の中で動いた。
参道を歩くと、気温が2度下がる。木々が密で、光が細く差し込む。約3000基の灯籠が並ぶ参道は、夜に全灯されると幻想的な光景になるという(節分と盂蘭盆の年2回のみ)。768年創建。かつて鹿を傷つけることは死罪に値したほど神聖な存在だった。
阿修羅像(734年作)は3つの顔、6本の腕を持ち、怒り・悲しみ・穏やかさが同居した表情が「人間の感情そのもの」と言われる。インド神話の戦闘神が仏教に取り込まれ守護神になった。この「変容」の物語が、この像の深みをつくっている。
民宿にチェックインして、夕暮れの猿沢池へ。池に映る五重塔。奈良時代、帝の寵愛を失った采女がこの池に身を投げたという話が語り継がれ、毎年「采女祭」が行われる。夕暮れの美しさの裏にある物語を知ると、景色がまた違って見えた。
チェックアウト前、奈良町を一人で歩く。江戸〜明治時代の町家が残るエリア。朝の人通りが少ない時間が最も美しい。格子窓、石畳、軒先に吊るされた「身代わり申」——江戸時代にタイムスリップしたような感覚がある。
607年、聖徳太子によって建立。現存する世界最古の木造建築群として1993年に日本初のユネスコ世界遺産に登録された。五重塔の中心柱には樹齢2000年以上の樟が使われており、免震構造の原点とも言われる。
1400年前、聖徳太子がここに立っていた。同じ木を見ていた。その事実だけで、十分だった。